インドで私も考えました(2015_7月号)

インドで私も考えました(2015_7月号)

審査部  公認会計士 割石 真仁

数年前、インドを旅した際に、カジュラホという村を訪れました。

カジュラホには、10世紀から12世紀にかけて、当時のチャンデーラ朝の下で建立されたヒンズー教寺院群が現存し、その壁面に無数に施された彫刻の見事さと特異さゆえに、多くの観光客が訪れます。

しかし、カジュラホの存在は、チャンデーラ朝が滅びた後は長らく忘れられていたそうです。世界遺産に登録されるなどして注目を浴びるようになってからの歴史は浅く、特筆に価する産業品もないこの村の現在の人口は、5千人程度しかありません。

現状でカジュラホの経済は、観光産業への依存度が高いわけですが、カースト制がまだ根強く残る村落部において、職業選択の自由度は高くなく、チャンデーラ朝の遺した芸術の恩恵を直接的に受けられるのは、ごく一部の人々に限られています。

特に貧しい国や地域を訪れると、日本人とみられるや寄ってこられる、という経験のある方は多いかと思いますが、この村では、上述のような背景もあってか特にその傾向が強く、2泊3日の滞在期間中にも、私に近づいてくる地元民が幾十度となく現れ、自宅に招こうとする人も少なくありませんでした。そのなかで私は、5人の方の自宅を訪問しました。

訪問先の中には、空港職員やホテルの従業員の方もいましたが、観光に携わる仕事とはいえ、外国人観光客の落としていくおカネは職員階級にまで廻ってきていないようで、いずれも質素な生活でした。しかし空港職員の方が、個人的に仕入れた古びたみやげ物を執拗に私に売ろうとする一方で、ホテル従業員の方は、何か売りつけられるどころかむしろ、食事まで用意してくれました。

「日本人は…」「アメリカ人は…」といった表現がありますが、あくまで個人は個人であって、特に、広大な国土に12億を超える人口を抱えるインドのような大国に対して、この言い回しはあまり通用しないように思います。

ところで、この一連の家庭訪問のなかで、小学生くらいの少年から一冊の日本語の小説をプレゼントされました。その少年は、以前にも日本人を家に招いたことがあったらしく、その際、客人が置き土産に残していった単行本を、自分には読めないからと、私に譲ってくれました。それは、伊坂幸太郎氏の『オーデュボンの祈り』でした。

伊坂氏は、私のインド旅行の時点で既に有名作家でしたが、気に入った作家の作品ばかり固め読みする私は、この時に伊坂氏を初めて知り、以降、固め読みの対象になりました。

昨秋に伊坂氏は、山形県出身の阿部和重氏との共作で、仙台と山形を舞台にした『キャプテンサンダーボルト』を発表され、また私は、出身は徳島県ながらご縁あって本年より山形へ転居してまいりました。若干、無理矢理に紐付けたようでもありますが、私にとっての山形へのドアは、インドの小さな村にあったのだと、言えなくもないかと思います。

逆に、皆さんの何気ない日常生活の中に、どこか遠い町に通じるドアがあるかもしれません。