タンザニア訪問(2012_12月号)

タンザニア訪問

 タンザニア訪問

山形タンザニア友好協会の金森義弘会長(元山形県副知事)から命を受け、12日間のタンザニアへの旅に出掛けた。タンザニアと言ってもアフリカにあることはわかるものの、位置関係から、産物から、政治体制に至るまで皆目無知で、いつものごとく行きの飛行機の中で『地球の歩き方』を読んで勉強する始末だった。

タンザニアはナイル川の源流ビクトリア湖とキリマンジャロ山の南部に広がる高原の国だった。世界遺産は7つを数え、特にセレンゲティ国立公園、ンゴロンゴロ自然保護区は野生動物の種類や生息数も多く、サファリ(野生動物の探索ウォッチング)を楽しむ人々で賑わっていた。といってもサファリカー(99%が改造したランドクルーザー)に乗ってマサイ族の案内人兼運転手と出掛けるのだが、車で数分移動するだけでゾウの家族と出会い、又数分移動するとライオンの親子が寝そべっており、キリン、ヒョウ、チーターにヌーの大群、バッファロー、インパラ、ガゼルその他の鹿の数々、イボイノシシ、サイ、カバ、マングース、ハイエナ、ヒヒ、サバンナモンキーその他の猿達、そして圧巻は地平線から続くシマウマの大群だった。名前の知らなかった動物も数多く、鳥類もダチョウ、ハゲコウ、ホロホロチョウ、ハタオリドリからフラミンゴの大群まで贅沢な3日間のサファリを楽しんだのだった。

さらにセレンゲティからンゴロンゴロへの移動の途中、マサイ族の部落に寄ったことも強烈な印象だった。部落の周りは高い木で囲われており、その中に20~30戸の家があった。25、6歳の男が家を見せてくれるという。細い枝と泥とで1回半程ひねったカタツムリ状の家は玄関を入ると水ガメ等を置く空間があり、その奥に4畳半程の土間があって、真ん中には4つの石で炉が作られておりチョロチョロと火が燃えていた。壁際には土で造られた低いベンチが作られており、一番手前から子供用、一番奥の小上がりのような場所は父親用とのことだった。炉には3つの用途があって、1つ目はライトの代わり、2つ目は暖を取るため、3つ目は料理を作るためということだった。父親用の空間の左側は仕切られており、どうも妻達(法律では4人まで娶って良いのだそうだ)の部屋のようだった。

どうも遊んでばかりのようだが、今回の旅行の主目的(?)は高原都市アルーシャにある小学校の校舎建築の支援であり、日本大使館を訪れ岡田大使に金森会長からの書状を手渡し、お陰様で山形タンザニア友好協会が拠出した浄財に外務省の民間草の根交流資金からの助成金(約1千万円)が加わり無事建築が開始される運びとなった。その晩は訪問団も大使公邸での夕食会に招待され、久しぶりに洗練された日本食を味わったのだった。