既得権益(2014_12月号)

あさひグループ代表 柴田健一既得権益(2014_12月号)
12月14日(日)に投開票される第47回衆議院選の火蓋が切って落とされた。安倍首相が率いる自民党に対しては「動機善也や、私心なかりしか」と問うのであれば、衆議院解散の大儀は見つけにくい。一方、民主党も、あれだけ国民の期待を裏切り愛想を尽かされたにもかかわらず、旧態依然として選挙に臨むのでは勝ち目はない。せめて前原誠司や細野豪志が中心になって若手議員を引き連れて新党を結成するくらいのことがなければ、小選挙区が有効に機能する政権交代が可能な二大政党は成り立たないと私は思っている。

先日、大学時代の友人が野田佳彦前内閣総理大臣の講演録を送ってくれた。人類は命がけで自由と平等という価値を獲得してきたのだが、これのバランスをとるのが難しい。たとえば社会主義的な統制経済のようになっている時は規制緩和という自由主義、つまり右足を出さなければならない。一方、格差が拡大しているような時は平等主義という左足を出さなければならない。そして今は格差が拡大しているというのが野田氏の主張だ。

なるほど、バブル以前の日本は人口が増加し続け、所得は毎年着実にあがり、GDPは世界の15%を占めてJapan as No.1と誉めそやされ 、1億総中流というマルクスが羨むほどの豊かで平等な国家を築いていたのだった。

とはいえ、絶頂のときにはすでに既存の制度の綻びが始まっているのであり、いまや日本の体制は制度疲労が進み、官僚制度をはじめとして硬直的で統制的な仕組みが政治にも経済にもはびこっている。あの1億総中流の時代に戻るには、政治家も公務員も国民も既得権益を一旦捨てて、“利他の心”や“足るを知る”の理念をもって、すべての制度を柔軟に見直す必要があるのだろう。

その最たるものは国民皆年金、国民皆保険という世界に冠たる日本の社会保障制度だ。野田氏流にいえば、50年前にこの制度ができた時は9人から10人の働き手が老人1人を支える“胴上げ”の時代だった。現在は3人で1人を支える“騎馬戦”の時代。これが10年後には1人が1人を支える“肩車”の時代となる。年金や医療費の社会保険料は毎年1兆円ずつ増え続けているが、これをまかなうために消費税のアップを3党合意でやったという訳だ。社会保険に掛かる資金が足りなくなる、そんなことはとっくの昔から判っていたことなのだ。今、国家公務員と地方公務員とに支払っている給与の額は27兆円に上るという。道州制にして国家公務員と地方公務員とで二重になっている仕事を除くだけで公務員の人件費は半減するという案も既得権益にしがみついている限りは実現しない。