羽黒山をたずねて~後編~(2014_9月号)

羽黒山をたずねて(2014_9月号)

総務部  柏倉 佑美

(前編はこちらをご覧ください)

随神門(ずいしんもん)より出て継子坂(ままこさか)を下ると、その昔三山詣の人々が身を清めたという祓川(はらいがわ)があり、そこに架かる赤い神橋からは、川岸の懸崖(けんがい)から落ちる須賀の滝を眺めることができます。参詣者たちはそこで足を留め、古の人々に倣い禊をするように清らかな水の音に耳を澄ませていました。

山頂まで続く2446段もの石段は、巨大な龍の背を渡るような心持ちでした。一の坂、二の坂、三の坂とよばれる急傾斜の長い石段が待ち構えており、美しい景色を写真に撮る余裕があったのもほんの束の間、二の坂にさしかかる頃には風景を楽しむ余裕もなく、目前に連なる果てしない石段を仰ぎ見ては溜息をつき、何度も立ち止まりました。

石段には、瓢箪、盃、蓮の花などの彫り物が刻まれており、33個全て見つけると願いが成就すると言われています。ひとつ、またひとつとそれを見つけた時の小さな喜びを励みに、ただひたすら目の前の一歩を踏みしめることだけに意識を集中させると、雑念が消え心に静寂が訪れます。

修験道とは現実そのものを究極の真理とし、修験者たちの目的とは、この身このまま現世において悟りを開き、生きとし生けるもののために救いの手をさしのべられる人間になることだと言います。かつて修行のため同じ道程を経た修験者たちに思いを馳せながら、ようやく山頂へと辿り着きました。

掛軸などに描かれた蜂子皇子のお姿は、口が耳まで裂け醜く歪んでおり、それは民の苦しみを背負ったためだと伝えられています。しかしその日拝観した御尊像は、悟りを啓いた後の穏やかなお顔をしておられました。

山頂に辿り着くためにはただ目の前にある一歩を踏み出すことしかできず、それも果てしなく続く石段を仰ぎ見てばかりいたのでは、不安に駆られ立ち竦んでしまいます。瓢箪や盃、蓮の花を探すように、どんな時でも小さな喜びに目を向けることで辛く苦しい道にあっても楽しさを見出すことができる、そんな学びを得たことに感謝し、晴れやかな気持ちで拝殿に向かいました。   (終わり)

羽黒山午歳御縁年記念事業
蜂子神社御開扉【蜂子皇子御尊像拝観】
期間:4月29日(火)~10月31日(金)

※10月まで延長されたようです。