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テクノロジーが勝敗を決する(2019年_2月号)

 肥前名護屋城の城跡からは、玄界灘の壱岐の後ろに対馬が見える。
肥前名護屋城は、秀吉の朝鮮出兵時※1の兵士15万人のベースキャンプであり、半年弱で20万人都市と城を建設した日本の歴史上、例を見ない建設事業であり、城の規模としては、17万㎡、大坂城につぐ大きさであった。

対馬は、肥前名護屋城と朝鮮釜山港とのほぼ中間にあり、朝鮮半島は当時も感覚的に、遠いとは思わなかったであろう。
文禄元年4月12日に第一陣小西行長隊が釜山に上陸すると、5月3日には漢城(ソウル)を陥落させ、6月には朝鮮半島をほぼ制圧、明に迫っている。3週間で首都陥落という早さはどうであろう。
開戦当初、秀吉軍は高性能火縄銃とフランキー砲(大砲)などにより攻勢を強め、対する朝鮮軍は、弓矢や旧式の火縄銃であり、秀吉軍の最新鋭の火器の前に各戦局においては勝負にならなかったようである。

名護屋城の城跡にて思い出したのが15年ほど前の出来事である。

自衛隊の砲弾の信管※2を製造している会社の役員の方から、「太平洋戦争で日本がなぜ負けたか知っていますか?」と聞かれた。
何かしら回答をしたが、それは違いますと言われ、
「近接信管です。直接対象物に当たらずとも、目標に近接すると受信周波数の変化により起爆するもので、命中率が飛躍的に上がり、日本の戦闘機はこれでどんどん落とされ、制空権、制海権を失って、その結果、負けたんです。しかも日本軍はその近接信管の存在を、結局終戦まで知らなかったんですよ。その信管はマジックヒューズって言われていました。」と教えてもらったことを思いだした。

ファーウェイなど中国のIT機器メーカーの排除は、2017年6月施行された中国の国家情報法の危険性に起因する。
中国の国家の安全強化のため、企業や個人に情報工作活動の協力義務化に法的根拠を与えたものであり、米国は危機感を強めている。記憶に新しい昨年末の通信障害以上のことを意図的に起こしうる。
勝者は常に変化し、新しいテクノロジーを使っている。
AI、RPA、企業においても同様であろう。

※1:文禄・慶長の役は、大陸(明)への進行のため、7年にも及び、秀吉の死をもって撤退、終結した。
ドラマや小説でも内容的には取り上げにくい戦争であり、開戦直後は、秀吉軍が優位に進めるも、最終的には明軍の支援、朝鮮軍の新式船により海戦で敗れ、日本は敗退する。
朝鮮出兵は、人情味ある秀吉のイメージと異なる残虐な歴史であり直視しがたいものとして取り扱いされているように思われる。
※2:安全装置の解除と砲弾内の火薬点火起爆機能をもつ装置。
近接信管砲弾は、対象物(戦闘機)の15メートル範囲を通れば、起爆、撃墜できたようであり、直接着弾の命中率とは比較にならないと思われる。

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