なぜ、働くのか(2024年_10月号)

心療内科医の西田稚子先生の話を聞くといつも泣かされてしまう。逆境にあっても健気にまっすぐな心で立ち向かう人々の話だからだ。先日お会いした時は田坂広志氏の『仕事の思想』(PHP 文庫)という本を紹介された。西田先生が泣いてしまうとおっしゃるので心積もりをして読み始めたのだが、読み進めてもお堅い本で納得の文章が続いていく。ところが最後の数章に差し掛かると「きたぁ~」後は滂沱の涙の中だった。

田坂氏は「なぜ我々は働くのか」と問いかける。この問いに「自分にとっての答え」を見つけるのがこの本の表題である「仕事の思想」だ。

私たちは生活の糧を得るため、生き残るために働く。➀「仕事の報酬は給料である」まずはそんな気持ちで働き始めるのかもしれない。しかし、生活のために毎日、毎日自分の時間を切り売りしているという感覚は、私たちのかけがえのない人生を色褪せさせてしまう。

ところが、仕事を覚えていくうちに、能力を磨くことが楽しくなってきてしまうのだ。➁「仕事の報酬は、能力である」というステップだ。プロフェッショナルとして自分の能力を開発していく過程であり、能力が業績に結び付き、実感と満足感を持てるようになる。若いビジネスマンにとっては目先の給料の高さよりプロフェッショナルとしての自分の能力を長期的視点で開発していくことが大切な時期といえる。

こうして、ようやく自分がやってみたい仕事が出来るようになると自分にとっての満足だけでなく、会社にとっても、顧客にとっても、社会にとっても意義のある、やりがいのある仕事をすることになる。➂「仕事の報酬は、仕事である」という段階だ。

やがて仕事のスキルやノウハウを身につけ、面白いが難しい仕事に取り組んでいくと、さらに深い世界が見えてくる。職業人としてだけではなく一人の人間として成長していく自分の姿だ。顧客や仲間の喜ぶ顔を見ることによって自分の成長を実感し、成長の喜びを味わうことになる。➃「仕事の報酬は、成長である」という世界だ。「仕事というものはこころを込めてやれば、何でも面白いよ」と深い心の世界が見えてくる。「人間としての成長」は失われることない報酬だ。

では、私たちはどうすれば仕事を通じて成長出来るのだろうか。それは、大谷翔平のように「夢」を語り、「目標」を定めることだ。成長を続けるためには具体的な目標が不可欠だが、その「目標」の向こうに「夢」が無ければ「力を振り絞る」ことが出来ない。そして夢を語るときは「本気」で語らなければならない。「本気で語る」とは「本気で信じる」ということだ。求められるのは夢の実現を無邪気に信じ、純粋に祈る力だと田坂氏はいう。

成長のためのもう一つの方法は、「成長の鏡」を見ることだ。その鏡とは「顧客」であり、「顧客」こそが、私たちの姿を映し出す「成長の鏡」だ。
そして「厳しい顧客こそが、優しい顧客」なのだ。
最も怖い顧客とは「黙って去る顧客」であり、わざわざ嫌われてまで厳しいことを言う顧客は、実は「優しい顧客」なのだ。無条件にまずは「顧客共感」する。つまり相手の真実を感じ取るとき、私たちは成長出来る。

仕事が見えてくるようになり、やがて「部下」を預かる身になると「自己の成長」だけではなく「他者の成長」にも責任を持つことになる。上司は「部下の人生」に責任を持つことになるが、部下の成長を支える唯一の条件は自分自身が成長することだ。部下は、黙っていても上司の姿から学んでくれるのだ。部下の成長を支えることを通じ何よりも自分自身が成長することになる。

締めの部分は是非、書籍を読んで頂きたい。人生を通じて私たちを支えてくれるのは友人であり、職場の仲間なのだが、涙なしでは読めない。

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