エンジョイ・ベースボール(2023年_9月号)

今年の甲子園は、慶應高校の107年ぶりの優勝で幕を閉じた。慶應高校の森林貴彦監督は「選手が自分で考える」ことをモットーに、取り組むべき練習内容や試合の狙い球など、あらゆる場面で選手自らが考えることを重視してきた。試合開始直後ホームランを打った慶應の先頭バッター丸田は、仙台育英との春の練習試合で仙台湯田投手の速球を三塁打しており1回はスライダーで勝負してくると読んでいたという。森林監督は「自分たちで決めたからには責任も生まれるが、楽しいし、やりがいになる」と、選手の自主性を促して力を伸ばすチームづくりを行ってきた。また、「野球界の常識にとらわれず、絶えず疑い、違うと思えば勇気をもって変えていきたい」と早くから髪の丸刈りをやめ、自由な雰囲気を重んじてきた。

森林監督が掲げる「エンジョイ・ベースボール」は「その場で楽しむということではなく、より高いレベルを求めて野球を追求していくこと。指導者が全てを管理してしまうと、一人一人から野球を奪ってしまう」とその理念を説く。

森林監督の方針に対して専門家の中には「慶應だからできるんだよ。そんなことをしたら統率が取れないし、練習にならない」と反対の意見も多い。しかし、『論語』に「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」と説かれているように、「知る」よりも「好き」な方が、「好き」よりも「楽しむ」ことの方が物事を上達させる道理といえる。

WBC で日本を世界一に導いた栗山監督も論語のこの言葉を掲げ、「誰かに決めて貰った目標に向かっていく行為には、限界がある。それを好きだとしても、楽しむことが出来ていないからだ」(著書『栗山ノート』)と述べている。エンジョイ・ベースボールは今、少年野球にも広がっている。

「楽しむ」ことの効用は仕事の場でも見られる。
従業員が90人ほどのTY精密は「ワクワク改善活動」と称し、部署に関係なく全社横断的に4~5名一組でチームを組み、自分たちで「チーム名」と「改善テーマ」を決め、毎週金曜日の16時から17時まで改善活動を実施している。例えば➀チーム名「4スマイル」・改善テーマ「社員食堂の暖簾制作」・・・これは来客からも温かみが伝わると好評だ。➁チーム名「チーム二」・改善テーマ「作業台改良」・・・メンバーの作業台が使い勝手が悪いと全員で改良。➂チーム名「あー、なるほど」・改善テーマ「動画制作のマスター」・・・外部発信する動画制作の多能工化、などなどである。

この会社で昨年暮れに通常の3倍の受注残を抱え、にっちもさっちも立ちいかなくなってしまう事態が起きた際、工場長は「ワクワク改善活動」を中止して月3600時間(90名 × 週1時間 ×4週)を通常の生産活動に戻そうと幹部会議に提案したのだが、各工程の長である幹部のほとんどが、「ワクワク改善活動」の中止に反対したのだった。その理由は、〇社員が「ワクワク改善活動」を楽しみにしている、〇「ワクワク改善活動」がなくなると働く張り合いがなくなる、〇他部門の人達と漸く知り合えたのに、などだった。私はこの会議に参加していたのだが、自分たちがテーマを決め、自分たちで活動方法を決め、ワイワイガヤガヤと「楽しみながら」作業をすることが、こんなにも社員達を勇気づけ、励まし、活気づけるのかと驚いたのだった。結局、その後も「ワクワク改善活動」は継続されたのだが、5ケ月後には受注残も通常に戻っていた。

TY 精密は、経営理念として「3つの満足」(社員の満足、顧客の満足、会社の満足)を掲げ、社員が満足しなくて、どうして顧客を満足させることが出来ようか、顧客が満足して会社に利益をもたらし、その利益が社員に還元される。この3つの満足をらせん状にグルグル回すのが経営だとしており、「社員の幸せが全ての原点」だという。

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