この映画を観る一週間ほど前、偶然、『ふたり(父と子の300日戦争)』と題する宮崎駿(はやお)と宮崎吾朗の父と子の葛藤を描いたNHK番組を見た。
6年前、吾朗は父の反対を押し切ってアニメーション映画の監督になった。2度目の監督を務める吾朗は、主人公“海(うみ)ちゃん”のキャラクターを決め切れずに悩んでいた。海ちゃんのキャラクター設定を巡って幾度も衝突する父と子。奥歯が磨り減るまでに、文字通り身を削るようにして絵コンテを切っていく吾朗。それを駿は「そんな魂の無い腑抜けな絵を描いてはダメだ」と切り捨てる。無限の才能を持つ巨匠と比較される宿命を負いながら挑戦を続ける息子。
プロデューサーに「やりたいのと、やれるのとは違う!いざとなったらオレがやりますよ」と監督交代さえ仄めかす駿。壮絶なバトル。「ボクは長嶋監督や野村監督のようになりたくないんだ」といいながらも、“生みの苦しみ”を誰より理解している駿は“橋の上を前のめりにスタスタと歩いているヒロイン 海”を描いた1枚の絵を吾朗に差し出す。これをきっかけに、インスピレーションと手掛かりを得た吾朗は、活き活きとした登場人物を描き上げていく。絵コンテを描きながら「海ちゃん達が勝手にやっている。それを追いかけるって感じ」と吾朗はいう。
企業における事業承継でも、同じような情景に出会うことがある。財産の承継は比較的簡単に道筋を立てることが出来るのだが、経営の承継は難しい。百戦錬磨の創業者である偉大な父、それに対して比較的恵まれた環境で育ち、真直ぐで素直な息子。父は息子を頼りなく思い、息子は父が何でも力づくで決めてしまうことに反感を持つ。そして、父の何もかもが時代遅れに思える。父と子では会社に対する“思い”や“夢”が余りにも違いすぎるのかもしれない。
駿と吾朗は、同じ“極み”に向かって闘い続ける戦友なのだろうか。制作も終盤に差し掛かるころ、東日本大震災が起きる。緊急会議が開かれ、停電でPCが落ちる危険性からプロデューサーは3日間の完全休業を決める。ところがこの決定に駿は怒る。「絶対やんなきゃだめですよ、仕事は」「もう一度会議を開いてほしいですね」「釈然としません!」・・・再度の会議で、出てこられる人だけ出社するようでは混乱をきたすという意見が出ると駿は激高する。「誰が混乱するんだ!」「何が混乱するんだ!」「休んでしまった方が混乱だよ」「多少混乱してもやるべし!!」「こうゆう時こそ“神話”を作んなきゃダメなんです」吾朗も「今できることは映画を作ること」と駿と同じ方向を向くことになる。番組最後のセリフは・・・
父(駿) 「少しは脅かせって、こっちを!」
息子(吾朗)「クソッ・・・死ぬなよ」
父が息子を認めた“瞬間”だった。