あさひ会計では2 年に1 度、海外への社員研修旅行を行っているが今年はモンゴルを訪問した。「なぜモンゴルなんですか?」と聞かれる。一つには円安の進行で遠くの国へは経済的理由でなかなかいけないのだ。2年前は台湾だった。かつて円高の頃はフィレンツェ&ローマとイタリアにも行ったことがあるのだが、今はとても手がとどかない。二つ目の理由は、新モンゴル学園があるからだ。昨年天皇陛下がモンゴルをご訪問された時にも新モンゴル学園を視察されている。
新モンゴル学園の創設者であるジャンチブさんはモンゴルの高校で教頭をしていたが国費留学生の教員研修生として1996 年から1年間山形大学に留学し、その後山形大学の大学院に進学し1999年に卒業、さらに東北大学大学院に進んだ。34 歳で家族を連れての留学で朝は新聞配達、夕方からは運送会社、深夜に居酒屋で皿洗いのバイトをしながらの苦学生だった。
山形大学に在学当時、バイト先の居酒屋のママさんが感心な青年がいると客のロータリアンに紹介したのが縁でジャンチブさんはロータリークラブの奨学生になる。毎月1 度ロータリーの例会で近況を報告する、それだけで月15 万円を頂き自分はどう恩返しをすればよいか考えたという。その頃、長女のトゴスさんは県立山形西高に通っており、ジャンチブさんは単に勉強だけではなく人づくりまで行う山形西高をモデルにした日本式高校をモンゴルに作ることを夢見るようになる。
帰国したジャンチブさんは先進国と同じ3 年制の高校(当時モンゴルは2 年制だった)を作ろうと奔走するのだが、資金に行き詰まり諦めざるをえない状況を山形のロータリアンに伝えたのだった。それを聞いた山形のロータリアンたちは「柱一本の会」を結成し、柱一本分の寄付を募集、とうとう「新モンゴル高校」の開校にこぎつけたのだ。
新モンゴル高校では山形西高にならって制服(西高の制服とそっくり)と給食を導入、カリキュラムも山形西高の教材を参考にしたという。
15 年ほど前、ロータリーのメンバーと初めてモンゴルに訪問したとき新モンゴル高校を訪れ、京都大学卒の校長先生( 当時) の講義を傍聴したのだが、日本語で明治維新の話をされており、生徒たちに「高校を卒業したら留学をしなさい、そして4年後モンゴルに戻り、祖国のために尽くしなさい」と話されていたのが印象的だった。
いま「新モンゴル学園」は幼稚園から高校、高専、工科大学など10 の教育機関を擁するまでに発展している。現在、国会議員になったジャンチブさんは「日本とモンゴルの架け橋となる人材を育てたい。モンゴルはロシアと中国に挟まれている国として、第3国特に日本のような経済力があり技術のある国と手をつないでいくべきだ」と述べている。
以下に訪問メンバーの感想を幾つか紹介する。
〇 山形とモンゴルの歴史的な繋がりについて知らなかったため、新モンゴル学園でのジャンチブ先生の講演は大変興味深く、涙ぐみながら拝聴いたしました。また、どこまでも続く大草原や雄大な自然の風景は圧巻で、他国の文化や慣習にも触れることができ、大変刺激的な5日間でした。
〇 新モンゴル学園では、理念を持って教育に取り組む姿勢に刺激を受け、自分自身の在り方を見つめ直す機会にもなりました。テレルジ国立公園の目の前に広がる草原や山々は、まるで絵画のような美しさで一生の思い出となりました。
〇 旅行前は「モンゴルに自分から行く機会なんてないだろうから」という気持ちでしたが、今となっては「またモンゴルに行きたい」という気持ちを抱いています。 今回の研修は、普段の生活ではなかなか得られない経験を通して、知らなかった世界を知ることができた、とても有意義な5 日間でした。
〇 旅という日常を離れた時間の中で、普段の仕事ではなかなか接する機会のない人と一緒に見て、食べて、笑って、同じ体験をすることは、職場だけでは得られない人と人とのつながりをつくる力があるのだと実感しました。



