『売上を、減らそう』とういう本がある。著者は京都にある佰食屋(国産牛ステーキ丼専門店)の中村朱美さん、佰食屋は文字通り 1 日の販売数量を 100 食と限定している。その結果、
➀社員の退社時間は夕方 5時台、残業はない。
中村朱美さんにとって本当に働きたい会社の条件とは「家族が一緒に晩御飯を食べられる」ことだ。
➁予約もキャンセルもないのでフードロスはほぼゼロ。佰食屋には冷凍庫がない。冷蔵庫すら営業終了時にはほぼ空、毎日キレイに拭き掃除ができるほどだ。
➂経営が究極的に簡単。毎日使う分量が決まっているので仕入が単純、従業員にとっての目標はたった 1 つ「一日100食売ること。その中で来られたお客様を最大限に幸せにすること」。100 食を達成するためにみんなが一丸となって視線を合わせ、まるでサッカーをしているように連携しながら、テキパキと仕事をしている。90食を越えるあたりになると、あと 10 食、9 食、8 食…とカウントダウン。最後の 100 食目を達成すると「今日もいけたね!」と讃え合う。これが毎日だという。
佰食屋の従業員にとっては仕事もゲームみたいなものなのだろう。通常の飲食店にとって労働の区切りは「時間」なのだが、佰食屋では「売れた数」が労働の区切りだ。だから達成感がある。
佰食屋のビジネスモデルを支えているのは圧倒的な商品力だ。国産牛、国産米、食材にも調味料にもこだわり、ソースも自家製、原価率は約 50%、これを税別1,000円で提供している。広告費は一切使わない、お客様が満足してくれれば口コミで広
がっていくはず。
「そんなのうまくいくわけがない」「アホらしい」。
佰食屋をはじめる 2ケ月前に出場したビジネスプランコンテストで審査員に言われた言葉だ。
しかし佰食屋は、開業して 3 年目の「京都市『真のワーク・ライフ・バランス』推進企業特別賞」を皮切りに、「経済産業省新・ダイバーシティ経営企業 100 選」等 13 もの賞を獲得することになる。まさしく「ワーク・ライフ・バランス」にしても言葉だけの会社が多い中で、佰食屋は本質的に「ワーク・ライフ・バランス」を実践している。
ところで 100 食限定、食材の原価率 50%、人件費率 30% で佰食屋はやっていけるのだろうか ? 佰食屋のスタンスは、とにかく倒産しなければいい、会社として存続していけたらいい、というもので、「やっていけないことはない」という状態らしい。
佰食屋で一番大切なのは「従業員のみんな」。だから、従業員が作ってくれた売上、利益は年 3 回の賞与という形でしっかり配分するのだという。「利益を蓄え、自己資本比率を高め、不況や新規事業の投資に備える」というのが経営者の一般的な考え方だが、中村朱美さんにはしっくりこないらしい。今、頑張ってくれた従業員には、今、それに見合う報酬を与えるという考え方だ。
この点だけは、私は同意出来ない。企業を取り巻くステークホルダー(利害関係者)は従業員、購 入先、お客様、地域社会、金融機関、行政、そして 株主と多種多様だ。勿論、従業員はステークホルダーの中で、最優先順位で大切にしなければならないのだが会社が潰れて困るのは従業員だけではない。企業は、同順位でなくともすべてのステークホルダーに対して責任があるのだ。また、企業は利益を出せば税金を払わなければならないが、それは大きな社会貢献だ。企業は利益を蓄えてすべてのステークホ
ルダーの今と未来を守らなければならない。
佰食屋は、新しい経営の形を提示して事業とは何か ? 経営とは何か ? と現代社会に本質的な問いを鋭く突き付けている。だからこそ、佰食屋には潰れてもらっては困るのだ。今、すべてを犠牲にして業績を求める業績至上主義は岐路にあるのだと思う。