大家族主義経営(2021年_1月号)

経営者の使命は「心を高め、会社業績を伸ばして社員を幸せにすること」だと京セラ名誉会長の稲盛和夫氏はいう。だいぶ前の話になるが、稲盛氏が主宰する若手経営者の勉強会「盛和塾」で、ある塾生が自社の経営理念の実践を発表した時だった。発表後「そんなものは経営理念ではない!」と稲盛氏が突然一喝したことがある。「社員のことを何もうたっていないじゃないか。そんな独りよがりの経営理念はあるか」と指摘したのである。盛和塾では一人の塾生が怒られるたび、そこに参加している全員が同じく頭をガツンと殴られ鮮烈な学びを得るのだが、“ 社員の物心両面の幸せ” こそが企業経営の最大の目的だと稲盛和夫氏はいうのである。

稲盛経営哲学の根底には、社員同士が人の喜びを自分の喜びと感じ、苦楽を共にできる家族のような信頼関係、困っている仲間がいればみんなで考え助け合い、先輩は後輩の成長を助け、後輩は先輩を尊敬して大切にするといった社員同士の強い心のつながりをベースとした「大家族主義経営」がある。

事実、私たちは1日24 時間のうち8 時間を会社で過ごしているわけだが、残りの4 時間は睡眠に、さらに残りの4 時間は通勤を含めた雑用に、そしてこれらの時間を差引いた 時間だけが家族との時間だったり、自分の趣味の時間だったりするわけで、人生で最も多くの時間を職場で過ごしているのである。

この職場での時間こそが人生の大半であり、職場での時間が人の喜びを自分の喜びと感じ、苦楽を共にし、お互いに感謝し、お互いに思いやる家族同士のような幸せを実感できる時間でなければ、私たちの人生は生活費の為に自分の時間を犠牲にする暗いものになってしまうだろう。だからこそ経営者が心の底から社員の幸せを願い、社員は家族、会社とは大家族が暮らす家という「大家族主義経営」の考えを根底に据え、心をベースとした経営をすることが何よりも必要だ。それでいて親子や兄弟のような「甘え」を制し、年功や経歴ではなく真の実力主義に徹する厳しさで社内を律することが重要となる。実力とは、職務遂行能力とともに、人間として尊敬され、信頼され、みんなの為に自分の力を発揮しようとする心構えだ。

かつて私もそうであったが、経営者は目先の売上や利益にこだわってしまう。成果主義的賃金制度や奨励金制度はそのいい例だ。鼻先にニンジンをぶら下げて受注高を競わせたり、生産量を競わせることにより同僚同士がライバルになる。そして自分の知識やスキルは仕事仲間と共有しなくなる。大家族主義とは真逆だ。しかも、往々にしていい仕事を見つけてきた、歩留まりを向上させた、改善提案をした、部下に仕事を教えたといった本来業務は評価の対象外で評価されない。

京セラでは、業績に貢献しても金銭的に報いることはしないという。業績を上げたその人、その部門に与えられるのは仲間からの賞賛と賛辞だけだという。「代償を求めず仲間に尽くすことは人間として一番大切なこと」との考えだ。勿論、長期的には実力が評価され報いられることになるのだが、家族のような関係を大切にし「人の心をベースにする経営」、これが大家族主義経営というものだろう。

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