日 立 の 変 貌(2024年_4月号)

20 数年前の話だが、日経ビジネススクール(チェンジ・リーダー養成プログラム)に参加したことがある。講師は松井証券松井道夫社長、信越化学の金児昭顧問、マーケティングの恩蔵直人早大教授、京セラアメーバー経営の伝道師森田直行氏、資生堂の福原義春会長など当時日本でも一流の経営者や大学教授やコンサルタントだった。参加費用は 90 万円と高かったので自費で参加した。プログラムの中にハーバード大学ビジネススクールが提唱する経営戦略構築手法の BSC(バランス・スコア・カード)があったが、BSC を日本に持ち込んだ横浜大学の吉川武男教授によるケーススタディが、グローバル企業だがさして特徴もなく利益率も低い “日立” であった。受講者達が数班に分かれ BSC の手法を用いて日立の戦略を構築したのだが私が所属するチームが最優秀賞をもらった。あの日立がこの10年でここまで変貌するとは思いもよらなかった。日立の変貌をたどってみよう。

日立といえば世界中に数百の連結子会社を持ち、売上高 10 兆円、社員 30 万人超のグローバル企業であるが、収益性が低く、改革を好まず先延ばしにする “事なかれ主義”、失点の少ない人が出世する “官僚体質”、自部門が赤字を出しても他部門が助けてくれる “甘えの構造” といった「大企業病」に罹っていたという。このような状況の中 2014年社長に就任したのが東原敏昭氏だった。

東原氏は、日立創業以来10人の社長のうち 8 名が東大工学部卒残り 2 人も著名な大学卒という歴史の中で徳島大工学部卒という日立としては異色の経歴だ。東原氏が断行した一つは売上高 10 兆円の 3 割以上の事業の入れ替えだった。日立金属(売上 8 千億円)、日立建機(売上 8 千億円)、日立物流(売上 6 千億円)等の企業を売却、グロ-バルロジック(以下 GL)(売上 2 千億円)、ABB送配電事業(売上 1 兆 4 千億円)、日立ハイテク(売上 7 千億円)等の企業を買収していった。特に売上高 1 千億円台の GL を 1 兆円で買収しようとしたときは、取締役会の猛反対を受けたという。失敗が許されない仕事を、顧客の指示に従ってきっちりと開発することが得意な日立に対して、GL はスピード感を持った企画立案力に優れ、世界的企業ばかりを顧客に持つIT企業であり、日立が海外展開に打って出るうえでも水先案内人となる最適な企業だった。東原氏はこの買収が日立の成長にとってどれだけ肝心かを力説し取締役会の合意を得た。

さらに東原氏が推進した日立の切り札は“LUMADA”(ルマーダ)だ。ルマーダとは、日立が顧客の課題を解決した事例を 1300 件以上データベース化し、➀企画立案、➁システム構築、➂運用、➃保守の4つの象限に分け、既存の顧客向けにルマーダを横展開し日立のサービスを拡張していくことだ。

例えばニチレイフーズでは冷凍食品の生産計画は 16 兆通りの中からヒト・モノ・カネの最適配置を決めるのだが、日立の鉄道運行管理システムの「数理最適化エンジン」を活用し計画立案時間を 10 分の 1 に短縮した。

また日立はインドにおいて ATM を展開しているが 28%のシェアを握る。インドで普及する出金機能のみの ATM に対して、日本国内で培ってきた預けられた紙幣も出金に使える紙幣還流型 ATM の製造・運用ノウハウ・データ分析能力を駆使した結果だ。現地金融機関には ATM の設置場所の最適化のコンサル機能も提供している。

今後の日立を考える上でカギとなるのは上記のGL だけではない、スイスの重電大手 ABB から1兆円で買収した送配電事業だ。将来の脱炭素の流れを読んでの決断だったが、風力や太陽光の再エネは発電量が天候に左右される。電気は特性上消費量と発電量が常に一致している必要があり、電力を融通しあう仕組みが必要となる。いま欧州を中心に電力融通方式の高圧直流送電が爆発的に伸びており、日立はこの分野で世界シェアトップだ。

日立はここ 5 年で売上も従業員数も海外が過半を超え、株価は 3.5 倍に伸び、ソニーの伸びを大きく超えている。今後とも日立を注目したい。

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