京セラ名誉会長稲盛和夫氏が主宰する経営塾「盛和塾」は2019年末をもって解散したが、36年にわたる経営塾の教えの中で塾生が稲盛塾長から叱られた体験を中心に綴られた『稲盛和夫に、叱られた!』(出版文化社)が出版された。
稲盛氏自身が「私が経営者としてやってきたことは、理念を高める日々でした。」というように、稲盛氏が塾生に求めたのは「理念(フィロソフィ)」を塾生が自分のものとして理解し、塾生自身の経営人生の中に落とし込むことであったと思う。稲盛氏が常人と比べ桁違いに頭抜けているのは「物事の本質を掴む能力」であり、そのことにより獲得した「理念(フィロソフィ)」を仕事や人生の中で確実に実践していったことなのだろう。例えば、稲盛氏の言うフィロソフィには「人間として何が正しいかで判断する」「常に謙虚に素直な心で」「真面目に一生懸命仕事に打ち込む」といった人間として持つべき基本的な考えであるが、私を含む常人は言葉面は理解していても血肉にはなっておらず、生ぬるい行動に終始し、実践しているとは言い難い中途半端な状態に終わっているのだと思う。稲盛塾長のような厳しい生き方は出来ないが、それでも少しづつ近づいていかなければならないというのが塾生の本音だ。本書の中からいくつかのエピソードを紹介しよう。
〇 JAL での話である。稲盛氏が「組合は社員の集合体だから、誠心誠意尽くせばわかってくれるはずだ」と話したのに対し、長年労務に携わってきた役員は、「うちの会社は大変厳しい関係です。その点をぜひ意識してください」と説明し、労使関係の議論が次第に高じてくると、稲盛氏は顔を真っ赤にして「君の哲学は違うんや、精魂が違う」といってその役員におしぼりを投げつけたという。周りの人はオロオロして発言した役員に「お前は言い過ぎた」とたしなめたところ、稲盛氏は「とりなさんでいい。こいつは自分の思っていることを正直にわしに言ってくれた。だからわしも正直に言っとる。お互いに真剣勝負しとるんやから、取りなさんでええ」と言ったという。
〇 金融機関から再生案件が持ち込まれ塾生に対して稲盛塾長は「事業は理念を信念化させたとき初めて成功する。イノベーションは技術や科学から生まれるものではない。何としても、人類の為に必要だと信じ、人生を賭けて挑戦する。そのように理念が信念化され昇華されたとき初めてイノベーションが生まれ、思いが現象化する」とアドバイス。
〇 全国大会の晴れの舞台で稲盛塾長に本気で叱られたある塾生は、「私は本来、叱ることも、叱られることも好きではありません。しかし、あの日、本気で叱ってもらったことで“叱られること”や“叱ること” がどれだけ大事なことか身をもって知りました。他人に忠告や注意をすることは、する側もされる側も気分の良いものではありません。しかし『小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり』で、相手のことを思って叱るわけですから私にとっては人生の大きなターニングポイントになりました」と言っている。
〇 入塾して、私自身の「心のあり方」が間違っていると気づいた。社員に対して「してやっている」という気持ちがあった。稲盛哲学の「利他の心」では、相手のために尽くし切ること、自分自身が必死で働くことであるのに、稲盛氏が言う「周囲の事象は全てわが心の反映」だった。リーマンショックで売上が激減した時は「絶対にあきらめるな、明日会社が潰れようが、会社の中では笑っていろ、絶対暗くなるな」という稲盛塾長の言葉が支えられた。
本書には深遠で根幹的な経営ノウハウが満載されている。問題はそれを自分のものとして実践できるかだ。と同時にその経営実践は自身の人間としての在り様に深くかかわっている。まさに『心を高める、経営を伸ばす』(稲盛和夫著)である。