あさひ会計の今年度の新入社員は6名だが、3月決算が通常月の約6倍と1年中の決算の約36%が3 月に集中する為、会計事務所にとって4 月、5 月は超繁忙期であり、新人に構っている時間がないのが現実だ。そこで、新入社員の入社時研修は一番暇そうな柴田先生にお願いしようと、新入社員の入社時研修のお鉢がまわってきた。
入社早々の新人研修は『税理士事務所に入って3 年以内に読む本』(税理士 高山弥生 著)をテキストにして、章を読み進める都度、新人に感想文と質問を書いてもらい、私が章ごとの講評をするのだが、その中に次のような新人の感想文があった。
「会計事務所の責任の重さを認識しました。小さな不明点も放置せず、ごまかさず、自ら調べてそれでも判らないことは先輩に確認し、丁寧な仕事を心掛けたいと思いました。」( 新人)
なんと素直で、誠実で、謙虚なのだろうと嬉しくなってしまうのだが、私は、純粋な新人の気持ちに水を差すような現実的な講評を書いた。
「その姿勢は大変結構なのですが、もし、チョットでも間違いがあってはいけないと考えているとしたら、それは問題です。もし私達が絶対に間違いを見過ごしてはいけないと考えるとしたら、チェックに会社の経理の人達が費やしたと同じ時間をかける必要があり、今の報酬ではとてもやれないことになります。」( 柴田)
つまり、仕事には「達成水準」というものがあり、例えば、「年差1 秒」の時計を作るのか、「月差1 秒」の時計を作るのかで、その仕事に取組む体制や技術、時間等が全く異なってしまう。仕事の前に、今作ろうとしているのは「年差1 秒」の時計なのか、「月差1 秒」の時計なのかの達成水準を明確にしなければ過不足ない仕事はできない。
会計事務所の仕事は、会社の方が行った経理業務に「重要な間違い」が無いことを確かめることであり、経営者が経営判断を誤ったり、金融機関が融資判断を誤ったり、税務調査で重加算になるような「重要な誤謬」が無いことを保証することなのだ。あさひ会計では「重要性の判断基準」を設けており、原則として過去2事業年度の経常利益額の平均値の0.25%(1万円未満の場合は1万円)以下の取引はチェックを省略しても良いこととしている。事実、税務調査でもそんな小さな金額の取引が見られることは滅多にない。
新人の感想は続く。
「お客様に貢献する責任だけではなく、適正な申告納税を行うことにより国全体に対する社会的責任も負っていると考えます。お客様の立場に寄り添って最適解を必死で考えるというミクロな視点と、国の中での役割を考えるマクロの視点の両方を今後の業務の中で培っていきます。」( 新人)
なんと真面目なのだ。そして、なんと健気な若者なのだ。それでも私は綺麗ごとではない現実論をぶつけるのだった。
「確かに税理士法第1 条には、“税理士は…納税義務の適正な実現を図ることを使命とする” と書かれています。といって、税務署側の主張を全て飲めと言っているわけではありません。変化の激しい複雑な世の中において、すべての事象を法律で規定できているわけではなく、必ずグレーな部分が存在しているというのが現実です。そして、税務署側の主張が必ずしも正しいとは限らないということです。そのような時私たちは当然、納税者側に立って税務署側と対峙することになります。脱税に加担することはありませんが、見解が相違する場合は納税者側に立って税務署側に挑むべきだと私は思っています。これも“適正な申告納税” なのです。勿論、こちら側の見解が間違っていた場合は納得し素直に修正に応じます。」(柴田)
新人と意見を交わすと真っすぐな初々しさを感じる。経営者の方々には経験もスキルも知識もかなわないのだから、必死な努力でカバーするしかないのだ。愚直に育っていってほしいと思う。