稲盛和夫氏の遺訓(2022年_10月号)

 

京セラ名誉会長の稲盛和夫氏が去る8 月4 日に逝去された。稲盛氏は京セラやKDDI を創業し、それぞれ連結売上高1.8 兆円、5.4 兆円を超える大企業に育て、倒産したJALの会長に就任すると2年8ヵ月で再上場へ導いている。そのほか中小企業経営者の勉強会「盛和塾」の塾長を務め、人類社会に多大な貢献をした人物を顕彰する日本発の国際賞「京都賞」を創設している。
私の稲盛和夫氏との関りは、「盛和塾山形」の創立に加わってからだから30 数年に及ぶ。その間、ブラジルのサンパウロに国外初の盛和塾を開塾するというので塾生数十名と一緒に稲盛塾長に同行したり、毎年開催される盛和塾の全国大会(後に世界大会)に出席したり、盛和塾山形での勉強会などで稲盛塾長の教えを数多く学んできた。それらの中で特にインパクトのあった教えについて思い起こしてみたい。

●敬天愛人・・京セラは稲盛氏の技術力と人柄にほれ込んだ人たちの資金で誕生した。27 歳の稲盛氏は、一介の技術者が経営者として社員を率いる立場になったものの、「一体全体、どうやって物事を判断すればいいのか迷いに迷った」という。稲盛氏が悩みぬいた末にたどり着いたのが、同郷の西郷隆盛の教えである「敬天愛人」だった。現在「敬天愛人」は京セラの社是にもなっている。
敬天とは「人間として正しい道、すなわち天道をもって善しとせよ、己の欲や私心をなくし、利他の心をもって生きることだ」と西郷隆盛は教える。
「人間として何が正しいか」は、稲盛氏の経営判断の基準であり、「京セラフィロソフィ」の根幹である。
京セラ創業3 年目に、前年初めて採用した高卒社員10 名ほどが血判状まで用意して稲盛氏に詰め寄ったという。「こんなボロ会社とは知らなかった」「将来が不安だ」「定期昇給とボーナスを保証してくれ」、稲盛氏は彼らを自宅に連れ帰り3日3 晩話続けたが埒が明かず、稲盛氏が「誠意だけは信じてほしい。もしそれを踏みにじるようなことがあったら私を殺してもいい」と言って反乱はようやく収まった。それ以来、会社の目的が「社員の生活を守ること」に変わることになる。悩む稲盛氏を応接室の「敬天愛人」の書が「人を愛するということは生半可な覚悟では出来ないんだよ」と静かに見下ろしていたという。京セラの経営理念は「社員の物心両面の幸せを追求する」だ。
稲盛氏は「経営者自身が考え方を磨き続けなければならない」と説く。トップが持つ人生観・哲学・考え方がすべてを決めるのであり、結局会社はトップの器量以上、人格以上のものにはならない。

●値決めは経営なり・・・会社に利益を生み出すのは「売上を増やす」「経費を削減する」「総労働時間を短縮する」の3つだと稲盛氏は分析するが、その中でも売上(売価× 数量)の構成要素の1つである売価を決める「値決め」は経営そのものであると説いている。「値決め」は経営の死命を制するというのである。
売価を粘り強く1% 高く設定できるのか、安易に1% 安く設定してしまうのかで利益は大きく違ってくる。日本の全業種における経常利益率の平均値は5%程度である。売価を1%改善すれば利益は20%増えることになるのだが、その1%を追求できずにないがしろにしているのが日本の企業だと言ってもいい。だから日本企業の利益率が低いのだ。
稲盛氏は盛和塾の塾生に営業利益率10%を課す。利益が10%出ない様では経営とは言わないと一刀両断だ。不思議なことに塾生の企業は次々と営業利益率10%を達成している。
「値決め」とは、お客様が喜んで買ってくれる値段の一番高いところを射止める知恵、技術であり、まさに真剣勝負で経営トップがおこなうべきものであるというのが稲盛氏の哲学である。

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