トヨタの動きが急だ。トヨタはこれまでは販売チャネルによって販売車種を限定する専売方式を採っていたが、どの販社でも販売車種を限定することなく販売できる全チャネル併売方式を採用することとなった。ディーラーにとっては死活問題だが、併売方式によって販売車種を絞り込み、競争力のある車を集中的に生産して生産コストを下げる戦略だ。また、日経新聞によれば、トヨタは9月まで新車価格をメーカー負担で10万円値引きして新型コロナによる販売不振に活を入れるという。
これらの施策は2020年6月の定時株主総会での豊田章男氏の涙が背景にあるのだろうか。章男氏の社長昇格の記者会見は2009年1月リーマンショックの最中(さなか)突然にトヨタ東京本社の玄関ロビーで行われた。就任した時から「歓迎された社長ではなかった」と章男氏は述懐する。リーマンショックによりトヨタは販売台数を15%下げ4,600億円の赤字を計上した。それから11年が過ぎた今、多くの企業が新型コロナの影響を把握できないとして今年度の決算予想の発表をしていないなか、トヨタは販売台数20%減、営業利益5,000億円の決算予想を発表した。なんとリーマンショックの時より販売台数を5%以上大きく減少させる中での5,000億円の利益は約1兆円の改善を実現したことになる。
社長就任以来11年間、部下には厳しいことを言ってきたがよく付いてきてくれた。2020年3月期の売上30兆円、利益2兆5千億円の決算は、グローバル37万人の従業員、その家族全員で作ったものだ。コロナがリーマンショックを超える危機であっても「トヨタは大丈夫です」「トヨタは強くなりました」と章男氏は株主総会で涙したのだった。
章男氏は、「世界一ではなく町一番の会社になろう。日本のモノづくりを守りもっといい車を作ろう。そして世の中の人達から頼りにされ、応援される企業になろう」という。
トヨタには人員整理の歴史がある。創業者の喜一郎は5年の歳月をかけ初の国産車を作りあげた。しかし、資金難から日銀管理になり、1600名の人員整理の再建案が示されたが、「社員は家族」との考えから頑強に抵抗したものの、最終的には再建案を飲まざるを得ず、辞任することになる。その後、トヨタは朝鮮特需で業績をV字回復するのだが、その直前、喜一郎は57歳の生涯を閉じたのだった。
それ以来、リーマンショック時もトヨタは人員整理をしていない。雇用やモノづくりを犠牲にして業績回復を図るのは邪道だ。従業員、地域社会、取引先、消費者の利益に重点を置き、株主の利益は後回しだ。章男氏は短期的利益を追うのではなく、長期的穏やかな持続的成長を図るのが経営の本質だという。