日本国の財政のあり方について2 つの見解がある。1 つは「このままでは国家財政は破綻する」とするプライマリーバランス(政府支出と税収等の差を黒字化させる)派であり、もう一方は「財政の健全化は成長の後からついてくる」と財政赤字拡大を主張するリフレ(デフレから脱し、インフレと呼ぶほどでもない状態)派である。
プライマリーバランス派の代表格は財務省の矢野事務次官である。昨年『文藝春秋』11月号に発表された「矢野論文」は、2021年度予算で一般会計の歳出が106.6兆円に対して一般会計の税収等の歳入は63.1 兆円、新規国債発行額は43.6 兆円であり、平たく言えば一般家庭で600 万円の収入しかないのに400 万円の借金をして1,000万円の生活を何年間も続けていたら一体どうなるのだ、というお叱りと受け取っても良いのだろう。今や国債の発行残高は1200兆円を上回り、GDP の2 倍を超え世界でダントツに高い水準になっている。
つまりプライマリーバランス派は政府支出を抑え、さらには増税をして財政を黒字化しなければ国債の償還や利払いが約定通りになされない(債務不履行)状態が生じると警告するのである。
一方、リフレ派の代表格は元財務官僚で数量政策学者の高橋洋一氏であるが、氏は国の財政状態を政府単体ではなく政府の子会社である日銀を含めた連結ベース(統合政府)でみるべきで、財政再建の必要性はなく、インフレ目標(2%)までは財政赤字を気にする必要はないと主張する。
リフレ派が用意する数式モデル「ワルラスの法則」によれば、中央銀行が国債を買い入れて市中に供給される資金量が増えればインフレになるが、そのインフレ率がインフレ目標の範囲内であれば政府債務の問題は生じないといい、さらに日銀を含む「統合政府」の連結バランスシートから考えれば、日銀は国債を市中から買い入れており、政府の負債である国債と日銀が保有する国債(資産)とは相殺されることになる。日銀は約500兆円の国債を保有しており、連結ベースでみれば日銀の資産も加算され、統合政府のバランスシートはそこそこに健全だとしている。
それにしても1200 兆円を超える国債発行による資金はどこへ消えてしまったのだろう。政府支出による資金が個人消費や設備投資に向かい、経済がグルグルっと循環すれば、経済が活性化しGDPが伸び、物価が上昇し賃金も増えるはずなのだがどうもフローに回らずストックされているようだ。
日本では企業部門(民間非金融法人)の資金余剰が1998年以降20 年以上にわたって続いている。家計部門もここ6年以上資金余剰(貯蓄超過)が続いている。国債が極めて低い金利の中で順調に消化されたのは、民間部門(特に家計)の資金余剰が大幅に拡大したという背景があるのだろう。
こうしてみてくると10年以上前から「日本経済余命3年」とか「日本が破綻する日」とか仰々しく騒がれているにもかかわらず「財政破綻」は起きず、矢野論文の発表後も債券市場で国債は特段の動きもなく消化されており、プライマリーバランス派の主張は情緒的なものと感じざるを得ない。
リフレ派の主張に基づけば、日本経済は「長期停滞」つまり、民間需要の不足に直面しており、完全雇用を維持するには金融政策をすべて行った今、国債の増加を受け入れ、財政赤字を拡大し、需要と産出を支え、将来の経済成長を促進すべきだということになる。しかし、市場に資金を投入しても民間部門の資金余剰が増えるだけでは意味がない。とはいえ過去30年にもわたって賃金が増えていないという日本経済の停滞の殻を破るには、国土強靭化計画であれ、事業再構築補助金であれ、「2%のインフレ目標」に達するまでは、さらなる財政支出の拡大を図る必要があるのだろう。しかも、自国通貨建てによる国債発行では、財政赤字による財政破綻の可能性は極めて低い。