需要と供給の原理原則(2024年_5月号)

あさひ通信の 2020 年 3 月号に「大胆な予測」と題して、「5 年後、中国の共産党一党独裁は消滅している可能性は高い」と書いたのだが、その予測まであと 1 年に迫っている。なぜそんな予測をしたのかといえば、1970 年ソ連が GDP 世界第 2 位に躍り出て経済の成熟期を迎えるのだが、その後計画経済の非効率性があらわれイノベーションを喚起できず成長が一気に止まり社会主義国ソ連が崩壊へと進む過程を見てきたからだ。

18 世紀に『国富論』を著したアダム・スミスは「見えざる手」の概念を提唱し、市場経済においてはそれぞれが自己利益を追求しても、見えざる手(需要と供給による市場の試行錯誤)に導かれ社会全体としては適切な資源配分がなされ、社会繁栄と調和につながると指摘している。

日本は 1989 年バブル崩壊に見舞われているが、当時の不動産鑑定士によるとバブル崩壊の 1 年以上前から土地に対する供給量は需要を上回っており、不動産価格が下落するのは時間の問題だったという。そこに金融引締めによる不動産融資の総量規制が始まりバブル崩壊が現出したというのだ。なぜ、経済人は 1 年以上前から供給が需要を上回っていたという実体経済を見過ごし土地買いに走ったのだろう。

最近、円安が急激に進行している。専門家はその原因を日米金利差と説いているが、どうも本質は別のところにあるようだ。確かに米の利下げは円高の方向を促すだろう。しかし「強い円」に必要なのは円に対する需要だとエコノミストの唐鎌大輔氏は言う。日本は、貿易収支は赤字だが経常黒字大国であり、対外純資産は世界最大だ。経常収支が黒字なのは海外への投資収益(直接投資収益+証券投資収益)の黒字が要因なのだが、そのうち 7 割が外貨のまま或いは海外で再投資されて日本に戻っていないというのだ。つまり、海外に滞留したままでドルを円に変換するための円買いが行われておらず、その結果、貿易収支の赤字(ドルを買って支払い)と相俟ってドル高・円安が進行している。日本企業による対外直接投資はここ十年余り急増してきたが、対外直接収支で出て行った円は「戻らない円」であり、今や対外純資産残高の半分を占めている。こうした構造変化が「安全資産としての円買い」が消えた理由だというのだ。つまり、キャッシュベースでは円に対する需要(円買い)が供給(円売り)を下回っているという訳だ。

このところ中国の経済が変調をきたしている。中国経済を牽引してきた最大の原動力は不動産投資だ。利に聡い中国人はキャピタルゲインを狙っているものの株は怖い、金は保管が難しい、不動産なら盗まれないと、日本では 30 年ローンで年収の 6 倍が住宅購入の限度だが、中国では年収の50 倍の住宅を親からの支援も受けて買い漁ったという。その結果、住宅を作りすぎて過剰化、バブルが発生し、実質的には崩壊している。

中国の供給過剰は住宅にとどまらない。中国のEV 市場では参入障壁の低さや政府からの実質補助金から企業の乱立が起き、25 年の新エネ車の生産能力は 3600 万台と中国での販売実数 1700 万台前後を大きく上回り 2000 万台近くが余剰となる計算という。その為、工場の稼働率は 5 割程度で経営破綻した新エネ車メーカーも多い。

さらに中国高速鉄道も問題だ。高速鉄道の総延長が 4 万 Km 超と世界トップの中国国鉄集団は、採算無視の路線拡大で 122 兆円の負債を抱えている。リーマンショック後の景気対策、内需拡大策として政治主導で目先の経済成長を確保するため需要の無い地域にまで拡大した路線は、運賃収入での建設資金の回収ができないばかりでなく、メンテナンス費用、不採算線の運行費用で日々赤字を垂れ流している。

このように中国の一党独裁体制は「需要と供給の原理原則」を無視して破綻に近づいている。

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