日本は、焼け野原となった戦後から奇跡といわれる復興を果たし1968年には世界第2位の経済大国へ上り詰めたが、その原動力となったのは許認可権を握り行政指導を通じて産業界を支配してきた官僚達であった。
当時日本は“社会主義体制を唯一成功させた国”と世界から驚きの目で見られていた。それはまさしく官僚による計画経済の成果であった。
◆世界で最も貧富の差のない国(超累進税・所得税の高い最高税率)
◆世界で最も失業率の低い国(新卒の定期採用・定年制・終身雇用制)
◆世界で最も豊かな国(個人金融資産1,400兆円)
◆世界で最も安心な国(国民皆保険・皆年金)
◆巨額な公的金融資産(郵便貯金と簡易保険の合計360兆円=世界最大の銀行)
◆能力に応じて働き、必要に応じて取るマルクスの理想を実現した国(年功序列制度)
◆私有財産を制限し3代続かない国(高い相続税率)
…がバブル崩壊前の日本の姿である。
しかし、世界が憧れた日本も、農業、医療、教育、通信、放送、運輸、金融、電力といった規制産業の非効率性が表面化し、バブル崩壊による不良資産が急増した上にBIS規制という外圧にさらされ、日本版ビッグバンの開始を宣言して結果の平等から機会の平等=USA基準へと舵を切らざるを得なくなる。
ところが、前例主義、戦略的発想の欠如、先送り主義から業界や産業構造を劇的に変える破壊的イノベーションを成し遂げられず、デフレ経済へ突入した日本経済の衰退は、バブル崩壊以降30年たった今も続いている。
時代を少し遡ってみよう。
1929年に始まる世界恐慌によって各国経済が工業生産の急落、企業倒産、失業者増大により大混乱する中、唯一経済を発展させた国があった。社会主義国ソ連は計画経済の下、一気に重工業化を進め、農村を集団化して機械化を促した結果、世界恐慌の影響を受けることはなく、GDPで世界第2位に躍り出るのである。
しかし、その後ソ連経済が成熟期に差し掛かると計画経済の非効率が現れ、イノベーションを喚起できずに1970年代には成長が一気に止まってしまう。そしてチェルノブイリ原発事故の5年後に社会主義国ソ連は崩壊するのである。
中国は今まさにGDP世界第2位の地位を獲得しアメリカをも凌駕する勢いである。
しかし、市場経済を導入しているとはいえ共産党一党独裁の下で国有企業を核として計画経済が推し進められ、情報統制を続行し、国民に十分な自由を与えず、監視社会をますます強化していくなかで、中国経済失速の予兆が見え始めている。
そして今、新型コロナウイルスの発生源となっており、5年後、中国の共産党一党独裁が消滅している可能性は高い。